この記事の著者

【氏名】伊藤たえ(脳神経外科医)

【経歴】
2004年3月 浜松医科大学医学部卒業
2004年4月 浜松医科大学付属病院初期研修
2006年4月 浜松医科大学脳神経外科入局
2013年7月 河北総合病院 脳神経外科 勤務
2016年9月 山田記念病院 脳神経外科 勤務
2019年4月 菅原脳神経外科クリニック 勤務
2019年10月 医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科
菅原クリニック東京脳ドック 院長

【専門】
日本脳神経外科専門医  日本脳卒中学会専門医

【資格・免許】
医師免許

一過性全健忘という病気をご存じでしょうか?英語の表記であるTransient Global Amnesiaの頭文字をとって、TGAと呼ばれることもあります。

一過性全健忘は、突然おこる記憶障害で、発症直前、発症中、発症後の記憶が、一時的に保てなくなってしまう病気です。

発症した本人は、状況を理解できず、何度も同じことを質問したり、同じことを繰り返し話すこともあります。本人は混乱しますし、周りにいる人も突然の状況で驚いてしまいます。

私のクリニックにも、一過性全健忘の方が受診されることはよくあります。

今回はその一過性全健忘(TGA)について解説していきたいと思います。

一過性全健忘の症状

一過性全健忘では、発症直前や、発症中、発症後に起こった出来事を記憶したり、思い出したりすることができなくなります。

しかし、名前の通り一過性、つまり一時的なもので、通常数時間、長くても1日程度で、元通りに戻ります。

一過性全健忘になってしまうと、記憶が保てないので、不安になり、何度も同じ質問を繰り返したり、混乱することがあります。

ここはどこ?私はだれ?などの記憶喪失ではなく、自分自身や周囲の人への理解は保たれています。つまりアイデンティティや過去の記憶に影響することはありません。

その場の記憶に依存しない質問に関してなら、普通に筋道を立てて答えられます。

麻痺や感覚障害など記憶以外の障害は引き起こしません。

一過性全健忘が消失した後は、通常通りになり、特に後遺症は残りませんが、発症中の記憶は思い出せないことが多いです。

一過性全健忘はどのような人がなるのか

一過性全健忘になる人の割合は1年あたり、10万人中15件くらいと報告されています。

特に50歳以上の高齢者に多く見られます。50歳未満の人に発生することは少ないです。

一過性全健忘は何度も繰り返すことは少なく、大半の方は生涯に1度しか発生しません。再発する人の割合は約5~25%といわれています。

一過性全健忘の原因

残念ながら、一過性全健忘の原因は今のところ分かっていません。

一過性全健忘の病因は不明ですが、いくつかの仮説が提唱されています。これには、脳の血流の変化、片頭痛、ストレスなどが含まれますが、いずれも一貫した証拠はありません。

いくつかの要因が関連していることが示されていますので、それらをあげていきます。

身体的および心理的ストレス

身体的な努力や感情的なストレス、急激な温度変化などのストレスフルな出来事によって、一過性全健忘が引き起こされることがあります。

脳の血流の変化

一部の研究では、脳の血流の変化が一過性全健忘の発症に関係している可能性が示されています。

特に、海馬の一時的な機能障害が疑われています。

片頭痛との関連

片頭痛の既往歴がある人は、一過性全健忘のリスクが高いことが示されています。

特に、女性においてその関連が強いとされています。

一過性全健忘の診断

一過性全健忘の診断は、丁寧な問診と神経所見によります。

まず、麻痺や感覚障害など記憶障害以外の症状があった場合は、他の脳疾患を疑わなければなりません。

一過性全健忘の記憶障害は典型的ですので、普段から脳神経外科や神経内科医として働いている医者は、たいてい話を聞いただけで一過性全健忘と分かることが多いです。

しかし、他の病気を見逃してはいけないので、MRIを施行します。

以前は一過性全健忘はMRIで異常を認めないと言われていましたが、最近の研究では、MRIにおいて海馬に小さな異常信号が確認されることがあると分かっています。

より精度の高いMRIでは、海馬の異常所見の発見頻度が上昇するようです。

しかし、この所見は、一過性全健忘の診断に必ず必要というわけではなく、MRIはほかの脳疾患の除外が目的です。

一過性全健忘の鑑別診断

てんかん

特に側頭葉てんかんとの鑑別が重要です。

脳血管障害

一過性脳虚血発作(TIA)との鑑別が必要です。

精神疾患

解離性健忘などの精神疾患も鑑別に上がります。

一過性全健忘の治療と予後

一過性全健忘の診断となった場合、特別な治療法はなく、通常は自然に回復します。

再発は稀ですが、ストレス管理や生活習慣の改善が推奨されることがあります。

完全回復が一般的で、長期的な記憶障害は通常残りませんので、予後は良好です。

最後に

一過性全健忘は、本人や家族にとって非常に不安を引き起こす状態ですが、予後は良好です。診断には他の重篤な原因を除外することが重要です。

一過性全健忘の原因に関する研究は進行中で、確定的なメカニズムはまだ分かっていません。様々な要因が複合的に作用している可能性があるため、さらなる研究が必要とされています。

参考

Forgetting the Unforgettable: Transient Global Amnesia Part I: Pathophysiology and Etiology.
Sparaco M, Pascarella R, Muccio CF, Zedde M.
J Clin Med. 2022 Jun 12

Forgetting the Unforgettable: Transient Global Amnesia Part II: A Clinical Road Map.
Sparaco M, Pascarella R, Muccio CF, Zedde M.
J Clin Med. 2022 Jul 6;11