この記事の著者

【氏名】伊藤たえ(脳神経外科医)
【経歴】
2004年3月 浜松医科大学医学部卒業
2004年4月 浜松医科大学付属病院初期研修
2006年4月 浜松医科大学脳神経外科入局
2013年7月 河北総合病院 脳神経外科 勤務
2016年9月 山田記念病院 脳神経外科 勤務
2019年4月 菅原脳神経外科クリニック 勤務
2019年10月 医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科
菅原クリニック東京脳ドック 院長
【専門】
日本脳神経外科専門医 日本脳卒中学会専門医
【資格・免許】
医師免許
血管迷走神経失神とは
学校の朝礼で長い時間立っている時に、急に倒れてしまったことや、苦手な採血で意識が遠のいてしまった経験をした人はいませんか。
実際に、ご自身が経験していなくても、周りでその症状を起こした方を見かけたことがあるかもしれません。
失神とは、突然起こって、短時間意識をなくしてしまう状態のことです。気絶と表現されることもあります。

最も一般的な失神の原因の一つとして、今回お話する血管迷走神経失神があげられます。
血管迷走神経失神は、脳に異常があるわけではなく、通常は治療は不要で、心配しすぎなくて大丈夫です。
しかし、失神によって倒れてしまうことで、事故や怪我につながる恐れもあります。
また、場合によっては別の病気が潜んでいることもありますので、医療機関の受診が必要です。
血管迷走神経失神は、全年齢で起こることがあるのですが、10代〜30代の若年者に多いというのは、他の失神の原因となる病気との違いと言えます。
血管迷走神経失神の原因
血管迷走神経失神は、何らかの原因によって、迷走神経が刺激されることによって生じます。
迷走神経が刺激されると、血圧が急に下がったり、心拍数が下がったりして、脳への血流が低下してしまいます。そうすると意識を保てなくなってしまい、失神してしまいます。
何らかの刺激として、身体的ストレス、心理的ストレス、生理的要因、薬の影響などが挙げられます。

身体的ストレス
長時間の立位や坐位の姿勢、強い痛み、恐怖がきっかけとなることがあります。
または、生理周期、不眠や疲労などのストレスがきっかけとなることもあります。
心理的ストレス
不安や恐怖感が強い場合にも、血管迷走神経失神を引き起こすことがあります。
人混みや閉鎖的空間におけるストレスが原因となり、迷走神経反射が起きてしまうことがあります。
性格的に几帳面・真面目で緊張しやすい人に多く見られる傾向があると言われています。
生理的要因
脱水や低血糖、長時間の空腹なども影響を与えることがあります。
薬剤の影響
一部の薬剤(例:降圧剤や利尿剤)が血圧を下げ、失神を引き起こすことがあります。
血管迷走神経失神の症状
失神発作を起こす前に前兆を認める場合も多いです。
前兆には、吐き気、発汗、顔面蒼白、視覚の変化や耳鳴りを感じることがあります。

突然、意識がなくなり、通常は数秒から数分で回復します。
失神中は心拍数が低下することが一般的です。立ち上がった時に、意識が遠のく起立性低血圧は、逆に心拍数は増加します。
失神時には血圧が急激に低下することがあります。
血管迷走神経失神と間違ってはいけない病態
血管迷走神経失神の症状に似ていますが、鑑別しなければならない失神もあります。
心原性失神
心臓の異常が原因で起こる失神です。直ちに治療が必要になることも多く、放置してはいけません。
具体的には、心筋梗塞、不整脈、心臓弁膜症などがあげられます。
起立性低血圧
立ち上がったときに血圧が急激に低下することで起こる失神です。
長時間の臥位(寝た状態)からの急な立ち上がりや、脱水、薬物の影響などが原因となることがあります。
若い人に多い起立性調節障害(以前のコラム)に伴うこともあります。
精神的要因による失神
パニック障害や過換気症候群など、精神的ストレスや不安が原因で失神が起こることがあります。
脳血管性失神
脳血管の異常によって引き起こされる失神も、直ちに対応が必要です。
脳血管障害の場合は、失神以外にも、麻痺やしびれ、呂律障害などの神経学的な症状を伴うことが多いです。
これらの鑑別診断を行うためには、詳細な病歴の聴取、身体診察、必要に応じて心電図や血液検査、画像診断などの検査が行われます。
患者の症状や背景に応じて、適切な診断と治療が求められます。
血管迷走神経失神の診断
病歴の詳細な問診が重要です。失神の発生状況や前兆症状を確認します。
長時間の立位や痛みなど、何らかのストレスが失神前にあったかどうは重要なポイントです。
発作前に、吐き気や冷や汗、顔面蒼白などの症状がなかったかどうか確認します。
血圧や脈拍のチェックなど身体検査を行います。
心電図を用いて、心拍数やリズムの異常を確認します。特に、失神が心臓の異常によるものでないことを確認するために重要です。
心臓や脳血管の異常、あるいは低血糖など他の病気を除外して、診断となります。
特に症状を繰り返す中高年の方は、全身疾患が関与していることもあるので、様々な検査が必要になることもあります。
治療や生活上の注意
一般的に有効な薬はありませんので、通常は薬物治療は行いません。規則正しい生活と体力をつけるようにしましょう。
自分自身の身体の状態を知り、失神の兆候を認識し、適切に対処する方法を学ぶことが求められます。
失神を繰り返す場合には、脱水、長時間の立位、飲酒、塩分制限といった誘因を避けることが重要です。

失神の前兆を感じた場合には、すぐに座るか横になることで失神を防ぐことができます。
迷走神経反射自体は、生命に影響を及ぼすことなく、後遺症もないことがほとんどです。
通常は横になって数分ほど休めば回復しますが、失神によって転倒し事故や打撲・骨など外傷が起きる可能性がある点には注意が必要です。
参考
慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/disease/000626/