この記事の著者

【氏名】伊藤たえ(脳神経外科医)

【経歴】
2004年3月 浜松医科大学医学部卒業
2004年4月 浜松医科大学付属病院初期研修
2006年4月 浜松医科大学脳神経外科入局
2013年7月 河北総合病院 脳神経外科 勤務
2016年9月 山田記念病院 脳神経外科 勤務
2019年4月 菅原脳神経外科クリニック 勤務
2019年10月 医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科
菅原クリニック東京脳ドック 院長

【専門】
日本脳神経外科専門医  日本脳卒中学会専門医

【資格・免許】
医師免許

歯周病が認知症に影響することはご存知でしょうか?

一見すると無関係に思えるこの二つの病気ですが、最新の研究では、歯周病と認知症には密接なつながりがあることが分かってきています。

脳神経外科医である私の視点から、この興味深い関連性について、わかりやすく解説したいと思います。

認知症とは何か?

認知症は脳の機能が低下し、記憶、思考、判断力などが徐々に失われていく病気です。以前のコラムでも説明してきましたので、そちらもご参照ください。

認知症の患者さんは、年々増加しており、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になると予測されています 。

中でもアルツハイマー型認知症は認知症全体の約7割を占める最も一般的なタイプです

アルツハイマー病は、脳内にアミロイドβが蓄積することで、神経細胞が破壊されることが原因とされています。

アミロイドβは、認知症の症状が現れる前の40代後半からすでに始まっていることが示唆されています。

歯周病とは何か?

歯周病は、歯と歯肉の間にある歯周ポケットにプラーク(歯垢)が溜まり、細菌が繁殖することで歯肉に炎症が起きる病気です。

進行すると、歯を支える歯槽骨が溶けて、最終的には歯が抜け落ちてしまいます。

歯周病もまた、50歳代以上の約80%がかかっているとされる非常に罹患率の高い疾患です

歯周病は、自覚症状が少ないため、気づかないうちに進行していることが多いです。

進行すると、朝起きたときに口の中がネバネバしたり、歯磨きのときに出血したりします。さらに、歯ぐきが赤く腫れたり、押すと血や膿が出たりすることもあります 。

なぜ歯周病と認知症が関連するのか?

歯周病と認知症の関連性には、主に以下のメカニズムが考えられています。

炎症の連鎖と歯周病菌の影響

歯周病は、口腔内だけの問題ではありません。

歯周病菌や炎症性物質は、血管を通じて全身に広がり、全身性の慢性炎症を引き起こします。

この炎症が、脳に影響を与える可能性があるのです。

歯周病菌が、直接脳に侵入するケースも報告されています。

また、歯周病菌が産生する毒素も、血液に乗って脳に到達し、脳の炎症を引き起こす可能性があります。

脳の慢性炎症は、アミロイドβの蓄積を促進し、アルツハイマー病の発症リスクを高めることが分かっています。

咀嚼機能の低下

歯周病が進行すると、歯が抜けたり、噛む力が弱くなったりします。

咀嚼は、脳に直接的な刺激を与え、脳の血流を増加させる重要な行為です。咀嚼機能が低下すると、脳への血流が減少し、脳の活動が低下します。

特に、記憶を司る海馬などの領域への刺激が減ることで、認知機能の低下を招く可能性があると考えられています。

さらに、咀嚼によって唾液に含まれる神経成長因子(NGF)などの物質が分泌され、脳の神経細胞の成長や維持を助けることもわかっています。

咀嚼機能の低下は、これらの恩恵も失うことにつながります。

予防と対策:今すぐできること

歯周病と認知症の関連性を考えると、口腔ケアがいかに重要であるかがわかります。

以下に、私たちが今すぐできる予防と対策をまとめました。

毎日の丁寧な歯磨きと口腔ケア

歯周病予防の基本は、毎日の丁寧な歯磨きです。

ここで重要なのは、歯ブラシだけでなく、歯間ブラシやデンタルフロスを使うことです。

歯と歯の間や歯周ポケットに溜まったプラークを徹底的に除去することが重要です。

定期的な歯科検診

自分で見つけにくい歯周病のサインは、歯科医に定期的にチェックしてもらうことが不可欠です。

歯科医によるプロフェッショナルなクリーニングを受けることで、歯磨きだけでは落としきれない汚れや歯石を除去できます。

歯周病は早期発見、早期治療が何よりも大切です。

バランスの取れた食生活

歯周病予防には、ビタミンCやD、カルシウム、抗酸化物質を豊富に含む食品を積極的に摂ることが推奨されます。

また、よく噛んで食べる習慣は、唾液の分泌を促し、口腔内を清潔に保つだけでなく、脳の活性化にもつながります。

最後に

脳神経外科医として、私は日々、脳の病気に向き合っています。

脳の健康を守るためには、脳そのものだけでなく、全身の健康状態に目を向けることが非常に重要です。

今回ご紹介した歯周病と認知症の関連性は、まさにそのことを象徴しています。

歯周病は、ただ歯が抜けるだけの病気ではありません。全身の健康に悪影響を及ぼし、私たちの思考や記憶を司る脳にも影響を与える可能性があるのです。

参考文献

アルツハイマー病修飾因子としての歯周病の可能性に関する研究(24-9) – 国立長寿医療研究センター