この記事の著者

【氏名】伊藤たえ(脳神経外科医)
【経歴】
2004年3月 浜松医科大学医学部卒業
2004年4月 浜松医科大学付属病院初期研修
2006年4月 浜松医科大学脳神経外科入局
2013年7月 河北総合病院 脳神経外科 勤務
2016年9月 山田記念病院 脳神経外科 勤務
2019年4月 菅原脳神経外科クリニック 勤務
2019年10月 医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科
菅原クリニック東京脳ドック 院長
【専門】
日本脳神経外科専門医 日本脳卒中学会専門医
【資格・免許】
医師免許
認知症といえば、アルツハイマー型認知症を思い浮かべる人が多いと思います。そのほかに、レビー小体型認知症や、脳血管性認知症などが、主な認知機能の低下を引き起こす病気になります。
いずれも、治療は進行予防にとどまり、根本的に治す方法は今のところありません。
しかし、今回お話しする特発性正常圧水頭症は、上記の認知症ほど患者さんの数は多くはありませんが、治療することによって、症状が改善したり治ったりする可能性のある病気です。
特発性正常圧水頭症は、英語表記のidiopathic normal pressure hydrocephalusから、iNPHと略して呼ばれることが多いため、以下はiNPHと呼んでいきます。
iNPH(特発性正常圧水頭症)とは
iNPHのidiopathicは特発性という意味で、これは水頭症を引き起こす原因となった他の病気がなく、原因不明という意味です。
脳や脊髄は、脳脊髄液という液体の中に浮かんでいるのですが、その髄液は常に生産と吸収のサイクルを繰り返しています。

その吸収がうまくできなくなってしまうと、脳脊髄液が過剰になってしまい、脳を圧迫してしまいます。それにより、脳が正常に機能しなくなり、様々な症状を引き起こすと考えられています。
加齢による脳脊髄液の循環機能の低下も原因と考えられています。
高齢の方がなりやすい病気で、進行はゆっくりなので、他の認知症と間違われやすい病気です。
加齢に伴う症状にも似ており、年のせいだと考えられ、診断、治療に至っていない患者さんも多いと考えられてます。
iNPHの症状
iNPHの3大徴候といわれているのは、歩行障害、認知障害、排尿障害です。歩行障害は 91%、認知障害は 80%、排尿障害は 60%に認められるといわれています。
他の認知症と異なるのは、歩行障害が最初に現れやすいことが挙げられます。
歩行障害

歩行障害は、歩幅が小さくなり、小刻みに歩いたり、膝をあげにくくなります。すり足になり、ガニ股歩行になってきます。
曲がったり、Uターン時によろめくことが多くなり、転んでしまうこともあります。
iNPHで最初に現れる症状であるとともに、治療で一番改善が得られやすい症状です。
認知障害

認知障害は、自発性の低下が目立ちます。動作や思考がゆっくりになり、ぼーっとしていることが増えます。
前頭葉に関連する機能が障害されやすいためと考えられています。
趣味に関心がなくなったり、物事への興味や集中力が低下し、物忘れも次第に強くなります。
排尿障害

排尿障害は、排尿を我慢できる時間が短くなり、トイレに行く回数がとても多くなります。
歩行障害も伴っているため、トイレに間に合わなくて失禁してしまうこともあります。
iNPHの診断方法
iNPHの診断は、脳神経外科や神経内科で行われます。まずは症状の詳しい問診と画像診断が行われます。
画像診断は、頭部CTやMRIが用いられます。iNPHの患者さんの頭部画像では、脳室の拡大が認められます。そのほかの病気がないかも確認します。
脳室の拡大は、アルツハイマー型認知症など、脳の萎縮を伴う病気でも認められるため、専門家による評価が重要です。
症状や画像所見から、iNPHの可能性が高いと診断された場合は、さらに診断の精度を上げるために、脳脊髄液を抜き、症状の改善が見られるか確認します。
その検査のことをタップテストと呼びます。具体的には、腰椎(腰骨)の間から脊髄クモ膜下腔に針を刺し、髄液圧を測ってから、1回30mlほどの脳脊髄液を排出させます。
検査後の症状が検査前と比べて一時的に改善すれば、iNPHの手術効果が期待できます。
一度のタップテストで症状が改善しなくても、複数回のタップテストで症状が改善することもあります。
タップテストでも一番反応しやすいのは歩行障害ですので、タップテストの前後で、歩行検査と認知機能検査を行います。
iNPHの治療
iNPHの治療は、たまりすぎた脳脊髄液を減らす治療になります。脳脊髄液を腹腔(お腹にある空間)に流す手術を行います。この手術を髄液シャント術と呼びます。
髄液シャント術の方法にはいくつかありますが、腰椎ー腹腔シャント術が、身体への負担も少なく、行われる機会が多い手術法になります。
タップテストで針を指した場所である腰椎と、腹腔を細いチューブで交通させます。腰椎に入ったチューブから、余分な脳脊髄液が腹腔に流れることにより、症状の改善を図ります。
流れる脳脊髄液の量はバルブで調整できるようになっており、病院で微調整を行います。
まとめ
iNPHの患者さんは、全国に約37万人いると言われています。しかし、その特徴が加齢にともなう症状に似ていたり、歳のせいだからと見逃されることも多いです。他の認知症として診断、治療されていることもあるようです。
治療の恩恵を受けている患者さんは、全体の1割にも満たないという報告もあります。
病気のサインを見逃さず、少しでも思い当たることがあれば、脳神経外科・脳神経内科で相談してみましょう。
参考情報
厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/12201000/000960309.pdf
高齢者の水頭症 iNPH.jp
https://inph.jp/