この記事の著者

【氏名】伊藤たえ(脳神経外科医)
【経歴】
2004年3月 浜松医科大学医学部卒業
2004年4月 浜松医科大学付属病院初期研修
2006年4月 浜松医科大学脳神経外科入局
2013年7月 河北総合病院 脳神経外科 勤務
2016年9月 山田記念病院 脳神経外科 勤務
2019年4月 菅原脳神経外科クリニック 勤務
2019年10月 医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科
菅原クリニック東京脳ドック 院長
【専門】
日本脳神経外科専門医 日本脳卒中学会専門医
【資格・免許】
医師免許
ダイエットによる骨の健康への影響
「もっとスリムになりたい」「あの服を着こなしたい」などダイエットに励む女性は多いでしょう。ダイエットは多くの女性にとって身近なテーマです。
モデルさんや、SNSで人気の細い女性のような体型を目指すあまり、極端な食事制限や過度な運動を取り入れてしまうケースも少なくありません。
若いうちは、体重が減ることに喜びを感じ、少々の体調不良は「ダイエットの勲章」と捉えがちです。
しかし、知らず知らずのうちに、将来の健康を大きく脅かす原因を作っているかも知れません。
それは「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)」です。
骨粗鬆症と聞くと、「おばあさんがなる病気」というイメージがあるかもしれません。確かに、閉経後の女性に多い病気です。
しかし、実は無理なダイエットや不適切な生活習慣によって、20代、30代の比較的若い女性でも、骨の健康が深刻な危機に瀕しているのです。
骨の貯金は10代後半から20代でピークに達し、その後は減る一方です。20〜40代の食生活や生活習慣が、その後の骨の人生を決めてしまうのです。
今回は、ダイエットによる骨の健康への影響と骨粗鬆症についてご説明します。
骨粗鬆症とは?
骨粗鬆症とは、骨の量(骨量)が減り、骨がスカスカになって折れやすくなる病気です。
健康な骨は、例えるなら内部が緻密なスポンジのような構造をしています。
骨粗鬆症になると、そのスポンジの穴が大きくなり、骨の強度が失われます。
骨は固いだけの物質ではなく、常に「壊す」と「修復」を繰り返している生きた組織です。
このバランスが崩れ、修復が間に合わない状態が続くと、骨はもろくなってしまいます。
極端なダイエットや偏った生活を送ると、この繊細なバランスが崩れてしまいます。

骨粗鬆症は、初期には自覚症状がほとんどありませんので、気づけません。
骨粗鬆症が怖い理由は、転倒による骨折が寝たきりの原因になるという点です。
特に大腿骨の付け根や背骨の圧迫骨折は、要介護のきっかけになりやすいことが知られています。
骨折をきっかけに要介護状態になり、社会的な活動ができなくなるリスクを、若い今から知っておく必要があります。
ダイエットが骨粗鬆症を引き起こす理由
カルシウムとビタミンDの不足
過度なカロリー制限や特定の食品を避けるダイエットは、骨の主成分であるカルシウムや、そのカルシウムの吸収を助けるビタミンDが慢性的に不足する原因となります。
カルシウムの摂取が不足すると、骨を作る材料が足りなくなり、骨密度が低下します。
日光に当たる時間が極端に少ないインドアな生活や、ビタミンDの摂取不足は、カルシウムの腸管からの吸収率を大幅に下げてしまいます。
エストロゲンの低下
女性の健康な骨を維持する上で、極めて重要な役割を果たすのが女性ホルモンのエストロゲンです。
エストロゲンは、骨の破壊を抑え、骨密度を保つ働きがあります。
ところが、無理なダイエットで体脂肪が極端に減りすぎると、体は生命維持を優先し、女性ホルモンの分泌をセーブしてしまいます。
その結果、月経不順や無月経を引き起こします。
これは、体が妊娠・出産に適さないと判断したサインであり、骨にとっては閉経したのと同じような状態になり、急激に骨密度が低下してしまうのです。
この時期に低下した骨密度は、後で栄養を摂っても元のレベルに回復させるのが非常に難しいことがわかっています。
将来、他の人よりも早く骨粗鬆症を発症するリスクが高まります。
骨への「負荷」の重要性
骨は、適度な重力や運動による物理的な刺激(負荷)を受けることで強くなる性質があります。
運動不足が、骨への刺激を減らし、骨密度が低下するのは想像しやすいと思います。
一方で、過度な運動も骨の健康を害します。極端な体脂肪率を目指す長時間の有酸素運動や、激しいトレーニングは、ホルモンバランスを崩す要因になりえるからです。

骨粗鬆症になりやすい人の特徴
骨粗鬆症は痛みのないまま進行します。
自覚症状がほとんどなく、気づいた時には骨折していたというケースもあります。
それゆえ、サイレントディジーズ(沈黙の病)とも呼ばれています。特に20〜40代で以下の項目に当てはまる人は、要注意です。
- 無理なダイエット経験がある
- BMIが18.5未満
- 月経不順または無月経
- 牛乳・大豆製品・魚をほとんど食べない
- 在宅ワーク中心で外に出ない
- たばこ・過剰なカフェインが多い

これらに当てはまる人は「将来の骨折予備軍」かもしれません。
今日からできる!骨を守り育てる対処法
骨の健康は、日々の小さな習慣の積み重ねで守ることができます。
極端なダイエットをやめ、健康的で持続可能な生活にシフトしましょう。
栄養:骨を強くする「黄金の組み合わせ」
骨の健康に欠かせない3つの栄養素を意識して摂取しましょう。
カルシウム:牛乳、ヨーグルト、チーズなどの乳製品、小魚、豆腐や納豆などの大豆製品、小松菜やチンゲン菜などの緑黄色野菜。
ビタミンD:魚介類(鮭、サンマなど)、きのこ類(きくらげ、干し椎茸など)。
ビタミンK:納豆、ブロッコリー、ほうれん草。
特に、カルシウムとビタミンDを同時に摂取すること、そして納豆を食生活に加えることが、骨密度維持のための強力なサポートになります。

運動:骨に「良い刺激」を与える
骨を強くするためには、骨に重力や負荷をかける「荷重運動」が効果的です。
ウォーキング:毎日30分程度、少し速足で歩く。
ジョギング・軽いジャンプ:骨への刺激をより高めます。(ただし膝などに痛みがある場合は医師に相談)
筋力トレーニング:スクワットなど、大きな筋肉を使うトレーニングも重要です。
激しい運動でなくても、太陽の光を浴びながら行うことが、ビタミンDの生成を促すため、一石二鳥です。

生活習慣:ホルモンバランスを守る
極端な低体重は、骨にとって最大の敵です。
適正体重の維持:BMI(体格指数)18.5未満の「やせ」は危険信号です。
ご自身の身長に見合った健康的な体重(BMI 20~24程度)を目標にしましょう。
月経の記録:月経不順や無月経が3ヶ月以上続く場合は、必ず婦人科を受診してください。これは、単なるダイエットの弊害ではなく、骨をはじめ全身の健康が危機に瀕しているサインです。

まとめ
ダイエットは、健康と美しさを手に入れるための素晴らしい努力です。
しかし、正しい知識を持って行わないと、骨を犠牲にしてしまうかもしれません。
「若いから大丈夫」という考えは禁物です。骨の健康は、若いうちにいかに「貯金」できるかが勝負です。
今日から、無理のない栄養バランスの取れた食事、適度な日光浴と運動を取り入れ、ご自身の身体を労わる習慣をスタートさせましょう。
参考文献
日本骨粗鬆症学会「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン」
