この記事の著者

【氏名】伊藤たえ(脳神経外科医)

【経歴】
2004年3月 浜松医科大学医学部卒業
2004年4月 浜松医科大学付属病院初期研修
2006年4月 浜松医科大学脳神経外科入局
2013年7月 河北総合病院 脳神経外科 勤務
2016年9月 山田記念病院 脳神経外科 勤務
2019年4月 菅原脳神経外科クリニック 勤務
2019年10月 医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科
菅原クリニック東京脳ドック 院長

【専門】
日本脳神経外科専門医  日本脳卒中学会専門医

【資格・免許】
医師免許

「人の話を最後まで聞くのが苦手」「忘れ物が多い」「なんとなく生きづらい」など、長年感じている方はいませんか。

もし、そうした感覚を抱えてきたなら、それは「大人の発達障害」による特性かもしれません。

発達障害というと、子どもの問題を思い浮かべる方が多いと思います。でも、最近は「大人の発達障害」が注目されてきています。

子どものころには気づかれなかった特性が、大人になって、仕事や家庭生活の中で目立ち始めるのです。

そして、つらい思いを感じてしまい、悩んで相談に来られる方が増えているのです。

発達障害は、特別な病気ではありません。脳機能の発達のアンバランスさによって、特性が生まれるのです。

それによって日常生活や社会生活に「生きづらさ」が生じている状態と捉えられます。

近年、この大人の発達障害への理解が進み、「ニューロダイバーシティ(脳の多様性)」という考え方も広まってきました。

これは、脳の特性を優劣ではなく、個性の一つとして捉える視点です。

大人の発達障害とは

大人の発達障害は、大きく3つのタイプに分けて考えるとわかりやすいです。

ASD(自閉スペクトラム症)

人との距離感や会話のニュアンスがわかりにくい、こだわりが強い、変化に弱いなどの特徴があります。

雑談が苦手、急な予定変更に強いストレスを感じるなどが典型です。

例えば、会議で「割り込みが多く話の流れが変わる」場面で混乱を感じたり、雑談のキャッチボールが苦手で沈黙が怖かったりという困難を感じることがあります。

ADHD(注意欠如・多動性障害)

忘れ物やうっかりミスが多い、じっとしていられない、思いつきで行動してしまう、といった特徴があります。

興味のあることにだけ極端に集中する「過集中」もADHDの一面です。

職場では、会議中に別のことを考えてしまったり、メールの返信漏れ、締め切り遅れ、雑多な業務の整理が追いつかないという声をよく聞きます。

学習障害(LD/限局性学習症)

読む・書く・計算するなどの一部の能力だけに苦手さが強く現れるものです。

知能や努力とは関係なく「文字を読むのが遅い」「数字に弱い」といった形で表れます。

仕事で「文書作成に時間がかかる」「数字処理が苦手でミスが多い」という悩みが出やすく、負荷のかかる業務に回されづらいという背景が生じる場合があります。

もちろん、これらが単独で現れるとは限らず、重なり合うこともよくあります。

また、これらの特性は、多くの人が持つ「困りごと」と重なるところがあります。

しかし、発達障害の場合、その程度が強く、日常生活や社会生活を送るにあたって、困難さを生じさせていることが大きな違いです。

なぜ大人になってから気づくのか?

「子どものころは特に困っていなかったのに、大人になってからしんどくなった」という声も多く聞きます。

その理由は主に3つあります。

環境の変化

学校時代は周囲がサポートしてくれたり、ルールが決まっていたりしました。

しかし、社会に出ると、急な予定変更や曖昧な指示が増え、特性が表に出やすくなります。

自分なりの工夫の限界

これまで自己流に工夫して乗り越えてきたものの、限界に達したり、疲弊してしまうこともあります。

自分でもどう対処すればよいか見えにくくなってしまいます。

二次的な不調

発達特性に気づかれないまま、長年「なぜできないのか」「なぜうまくいかないのか」と自分を責めてしまい、不安症、睡眠障害といった二次的な問題につながることもあります。

こうした事情から、なかなか発見、診断されず、適切な支援がなされないこと状況となってしまいます。

そのため、本人は「生きづらさ」を抱えながらも、自分を責めてしまうことがあります。

特性自体が悪いわけではありません。

問題となるのは、その特性と、周囲の環境や社会の求める規範との間に生じる「ズレ」です。

発達障害を持つ人は、自分の得意なこと(強み)と苦手なこと(弱み)の差が大きい傾向があります。

この「ズレ」が、うつ病や不安障害などの二次的な精神疾患を引き起こす引き金となることも少なくありません。

「生きづらさ」を「生きやすさ」に変えるために

大切なのは、自分の特性を知り、それに合った環境調整と対処法を見つけることです。

これは、自分の脳を理解し、そのトリセツ(取扱説明書)を作っていく作業です。

例えば、ADHDの「忘れやすい」という特性には、スマホのリマインダーやアラームが役立ちます。

ASDの「予定変更に弱い」という特性には、事前にできるだけ情報を伝えてもらう工夫が有効です。

日常で使える工夫の例をいくつかご紹介します。

  • タスクを小さく分け、チェックリストにして一つずつ消していく
  • スマホのリマインダーやカレンダーを活用する
  • 静かな環境で作業をする、ノイズキャンセリングを使う
  • 重要な書類は決まった場所に置き、迷わないようにする
  • 家族や職場の仲間に「こうしてもらえると助かる」と伝える

相談する勇気を持つこと

もし「自分もそうかも」と思ったら、まずはセルフチェックをしてみるのも良いでしょう。

「大人の発達障害ナビ」には簡単なチェックリストがあります。

もちろん診断には医師の評価が必要ですが、自分を知る手がかりにはなります。

困りごとが大きければ、メンタルクリニックや発達障害外来に相談することをおすすめします。

専門家と一緒に工夫を考えたり、必要に応じて薬の助けを借りたりすることで、生活はぐっと楽になります。

最後に

大人の発達障害は、「特別な人の話」ではありません。実際、社会には相当数の人が特性を持ちながら暮らしていると考えられています。

大切なのは、「自分を責めないこと」「得意と苦手を理解すること」「周囲にサポートをお願いすること」。

そして、アプリなどの便利なツールをうまく活用して「暮らしやすさ」を作っていくことです。

あなたや身近な人のちょっとした生きづらさも、工夫や理解でずいぶんと和らげられるはずです。

参考文献

大人の発達障害ナビ(武田薬品工業)
https://www.otona-hattatsu-navi.jp