この記事の著者

【氏名】伊藤たえ(脳神経外科医)
【経歴】
2004年3月 浜松医科大学医学部卒業
2004年4月 浜松医科大学付属病院初期研修
2006年4月 浜松医科大学脳神経外科入局
2013年7月 河北総合病院 脳神経外科 勤務
2016年9月 山田記念病院 脳神経外科 勤務
2019年4月 菅原脳神経外科クリニック 勤務
2019年10月 医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科
菅原クリニック東京脳ドック 院長
【専門】
日本脳神経外科専門医 日本脳卒中学会専門医
【資格・免許】
医師免許
風邪は、皆さん何度も経験した事があると思います。
喉が痛い、咳が出る、体がだるい…
仕事がはかどりませんし、職場や学校を休まなくてはならないときも。
そんな時、皆さんはどうしていますか?
多くの場合は軽症で自然に治りますが、「早く治したい」「悪化させたくない」という気持ちから、昔から言い伝えられている民間療法を試す方も少なくありません。
でも、実は、世の中には「風邪に効く」と信じられてきたけれど、医学的には根拠がなく、かえって症状を悪化させてしまう可能性のある「間違った民間療法」が数多く存在します。
今回は、風邪に関して広く信じられている代表的な「間違った民間療法」を取り上げ、それぞれの問題点と、正しい対応について解説します。
なぜ「間違った民間療法」が生まれるのか?
風邪のほとんどはウイルス感染によるものです。
インフルエンザなど一部のウイルスを除き、特効薬がありません。
現在、風邪の治療に使われる薬は、あくまでも発熱や咳、鼻水といった「症状を和らげる」ための対症療法薬です。
きちんと理解しておかなければならないのは、風邪の原因であるウイルスそのものを殺す薬ではないということです。

では、どうして風邪は治るのでしょうか?
それは、私たちの体に備わっている「免疫力」のおかげです。免疫細胞がウイルスと戦い、最終的にウイルスを排除することで、風邪は自然と治癒に向かいます。
しかし、この治癒までの過程で、私たちは様々な不快な症状に悩まされます。
その辛さを少しでも和らげたい、早く治したいという思いから、昔から様々な民間療法が試みられてきました。
たまたまその方法を試したときに症状が軽くなった、という経験から、「この方法は効く」という誤解が広まったものもあるでしょう。
ですが、医学の進歩とともに、その効果が科学的に否定されたり、むしろ体に害を及ぼす可能性が指摘されたりするケースも少なくありません。
効果がないどころか危険な「NG民間療法」
厚着をして「汗をかけば熱が下がる」

熱を出し切れば、風邪が早く治ると信じている方は結構いらっしゃるようです。
しかし、この考えは間違いです。
「風邪のひきはじめは体を温めて汗をかくと治る」という考え方がありますが、これは危険を伴います。
確かに発汗は体温調整のひとつですが、汗によってウイルスが体外に排出されることはありません。
特に高熱がある時に厚着をしたり、布団に潜り込んだりして無理に汗をかこうとすると、脱水症状を招く可能性があります。
体温がさらに上がり、危険な高体温状態になることもあります。
熱はウイルスと戦うための体の防御反応ですが、過剰な発汗による脱水は、かえって体力を消耗させ、回復を遅らせることにつながります。
熱があるときは、無理に汗をかこうとせず、涼しい服装とこまめな水分補給を心がけることが大切です。
アルコールを摂取する

「お酒を飲んで体を温め、アルコールで殺菌できる」という考え方も危険です。
アルコールは体の中で殺菌効果を発揮しません。
発熱中に飲酒すると心臓や肝臓にも負担がかかり、逆効果です。
「風邪の消毒」としてアルコールを飲んだり、「体を温めるため」と飲酒したりすることは、非常に危険です。
アルコールは免疫機能を低下させるだけでなく、利尿作用によって脱水症状を悪化させる可能性があります。
また、風邪薬とアルコールを併用すると、薬の効き目が強まったり、副作用が出やすくなったりするため、絶対に避けなければなりません。
にんにくや生姜、唐辛子を大量に食べれば治る

「強い食材をとれば風邪が吹き飛ぶ」というのも間違いです。
適量は食欲を刺激しますが、大量摂取は胃腸障害やアレルギーを起こすことがあります。
特に空腹時のにんにくは胃を荒らすため注意が必要です。
にんにくや唐辛子には抗菌作用や血流促進作用が一部報告されています。
そのため「風邪をひいたらたくさん食べれば治る」と言う考えになってしまうようです。
しかし、風邪の原因であるウイルスを直接退治する効果は証明されていません。
大量に食べると胃腸を刺激し、腹痛や下痢を起こすこともあります。
体を温めたり食欲を補う範囲で取り入れるのは構いませんが、「治療薬の代わりになる」と過信しないようにしましょう。
咳には「ネギを首に巻く」

これも昔からよく知られた民間療法ですね。
ネギに含まれる香り成分(硫化アリルなど)には、抗菌作用や血行促進作用があるとされていますが、それを首に巻いたからといって、喉の炎症や咳が治るという科学的な根拠はありません。
喉を温めるという意味では効果があるかもしれませんが、皮膚が弱い方はかぶれてしまう可能性もあります。
また、ネギの成分が気道に入り込んで刺激となり、かえって咳を誘発してしまうことも考えられますので、やめておきましょう。
抗生物質を自己判断で服用する

風邪には抗生物質が効くと思っている方も結構いらっしゃいます。
しかし、風邪の原因の多くはウイルスであり、抗生物質は無効です。
不要に飲むと副作用で逆に苦しむ場合もあります。抗生物質が必要かどうかは医師が判断すべきです。
医師の診断なく、手元にある抗生物質を自己判断で服用すると、不必要な薬剤耐性菌の発生を招く原因ともなります。
抗生物質は、医師が細菌感染と判断した場合にのみ、適切な期間と量で服用すべきものです。
薬の過剰摂取

「早く治したい」という焦りから、市販薬の用法・用量を守らずに過剰に服用することは非常に危険です。
複数の風邪薬を同時に服用したり、規定量を超えて服用したりすると、肝臓や腎臓に過度な負担をかけ、重篤な副作用を引き起こす可能性があります。
必ず添付文書をよく読み、正しく服用することが重要です。
「完全断食」で早く治そうとする

「食べないで体を休めれば免疫が高まる」という考えを持っている方もいるようです。
発熱時はエネルギーと水分を消耗します。無理な断食は体力低下を招き、回復を遅らせる原因になります。
食欲がない場合は消化の良いおかゆやスープで栄養を補いましょう。
風邪に関する危険な民間療法を7つ、医師の見解に基づいて解説しました。
これらの行為は、科学的根拠が乏しいだけでなく、かえって病状を悪化させたり、新たな健康被害を招く可能性があるので、行わないでください。
風邪の正しい「科学的」対処法
では、風邪をひいてしまった時、私たちはどうすればいいのでしょうか?
風邪を治すために一番大切なのは、体が本来持っている回復力を邪魔しないことです。
以下の基本を心がけてください。
十分な「休養」と「睡眠」を摂るようにしましょう
これが最も重要です。風邪を治すのは、薬ではなく、自分の免疫力です。
免疫細胞がウイルスと戦うためには、エネルギーが必要です。
仕事や家事を無理して続けるのは、免疫力を低下させ、治りを遅らせるだけです。
「今日はもう何もせず寝る!」と決めて、しっかり休むことが大切です。
睡眠は、免疫細胞が活性化するために不可欠な時間です。7~8時間を目安に、質の良い睡眠をとりましょう。

「こまめな水分補給」と「加湿」を心がけましょう
発熱すると、汗や呼吸から水分が失われやすくなります。
脱水状態になると、血液の流れが悪くなり、免疫細胞が全身に行き渡りにくくなります。
水、経口補水液、スポーツドリンクなどで、こまめに水分を補給しましょう。
また、乾燥した空気は喉や鼻の粘膜を傷つけ、ウイルスの侵入を許しやすくなります。
加湿器を使ったり、濡らしたタオルを部屋に干したりして、室内の湿度を50~60%に保つように心がけましょう。

栄養バランスの取れた食事をとりましょう
風邪の時は食欲がないかもしれませんが、エネルギーを補給することはとても大切です。
免疫細胞が働くための燃料となるのは、食事から得られる栄養素です。
消化しやすく、温かいものがおすすめです。
例えば、お粥、うどん、スープ、ゼリーなどです。特に、ビタミンCやビタミンAは免疫機能を高める働きがありますので、果物や野菜も積極的に摂りたいですね。

最後に
「風邪は万病のもと」という言葉があるように、たかが風邪と侮ってはいけません。
こじらせると、肺炎や気管支炎など、より重い病気を引き起こすこともあります。
「間違った民間療法」に頼るのではなく、まずは自分の体の声に耳を傾け、しっかり休むこと。
それが風邪を早く治すための何よりの特効薬です。
もし、高熱が続く、呼吸が苦しい、水分が摂れないなどの症状がある場合は、我慢せずに医療機関を受診してください。
正しい知識を身につけ、ご自身や大切なご家族の健康を守りましょう。
